最高裁判所第二小法廷 昭和40年(行ツ)87号 判決 1967年5月19日
上告人 鳴海勝之助 外一名
被上告人 中京税務署長
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告人らの上告理由について。
論旨は、本件土地が租税特別措置法にいう居住用財産に該当しないとした原審の判断に事実誤認、採証法則違背、右法条の解釈適用を誤つた違法がある、という。
おもうに、本件に適用されるべき旧租税特別措置法(昭和三八年法律第六五条による改正前のもの。以下単に法という。)三五条四項一号の規定によれば、居住用財産買換えの場合における居住用財産とは、「居住の用に供する家屋、当該家屋の敷地に供される土地及び当該土地の上に存する権利」を指す、とされている。いま、右のうち、譲渡に係る「居住の用に供する家屋の敷地に供される土地」についていえば、それが、譲渡の当時現実に居住用家屋の敷地に供されている土地であるのを原則とするが、それのみに限られることなく、所有者が居住用家屋の敷地に供する意図の下に所有している土地をも含むものと解すべきことは、まさに、所論のとおりである。しかし、居住用財産買換えの場合において譲渡所得の課税を減免するための要件として、法が、所定の期間内に、譲渡した財産に見合う財産を取得し、かつ、その取得した財産を居住の用に供し又は供する見込みである旨の所轄税務署長の承認を受けたことを必要としていることに徴しても、また、立証の難易・租税の公平負担という見地からみても、所有者の右の意図は、近い将来において実現されることが客観的に明白なものでなければならないと解するのが相当である。
ところで、原判決(その引用に係る第一審判決を含む。)の確定した事実によれば、本件土地は、もともと第三者の所有であつて、その上に上告人らの亡父所有の建物があつたところ、同建物が戦時中強制疎開で取りこわされて空地となり、昭和二二年頃上告人滋がそのうちの合計三筆一六〇坪五合八勺を、また、昭和二六年一二月上告人勝之助が残りの合計二筆九五坪六合八勺を買い受けたが、依然空地のままに放置されて近々の人達のごみ捨場になつていた、その間、上告人滋が本件土地を利用して駐車場を経営すべく整地をはじめたところ、同人の経営に不安をいだく上告人勝之助としては、それを思いとどまらせるため、本件土地の約半分の上に上告人ら両名の住宅を建てることを考えるようになつたが、その具体的運びにいたらないうちに、訴外乾織物株式会社から本件土地を買い受けたい旨の申込みがあつたので、昭和三五年一一月三〇日上告人らは右各所有部分を同会社に譲渡した。そして、前記建物疎開後本件土地譲渡の日まで約一五年間にわたり、上告人らは、他より家屋を賃借してそこに居住していたが、それは、「仮住居」と認められるべきものではなかつた、というのである。したがつて、所論のように、仮りに、本件土地は上告人らが将来居住用家屋の敷地に供する目的で買い入れたものであるとしても、前記事実関係の下においては、本件土地をもつて法三五条四項一号の規定する「居住の用に供する家屋の敷地に供される土地」に該当するものとは、到底、認められないというべきである。
されば、叙上と同旨の結論に出た原審の判断は正当であり、その過程にも所論の違法あるを見い出し難く、論旨は、独自の見解に立脚するか、原判示に副わない事実に基づき、その違法をいうにすぎないものであつて、採用の限りでない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)
上告理由
一、控訴判決は租税特別措置法(昭和三二年法律第二六号)第三五条第四項第一号の「当該家屋の敷地に供される土地」の解釈については「客観的に居住用家屋の敷地に供される土地」であつて被控訴人主張のように「その譲渡当時現に居住用家屋の敷地に供されている土地」のみに限定すべきではないとの原審の解釈と同一の見解の基に本件土地(更地)が前記法条の「居住用財産」にあたるかどうかを次の諸理由により認定されたものと考へられる。
(イ) 成立に争いのない乙第四号証、第五号証、第八号証の一、二ならび当審における控訴人鳴海勝之助の供述の一部を総合すると
(ロ) 同控訴人の父はもと本件土地上に在つた家屋を所有してこれに居住していたが第二次世界大戦中強制疎開によつて取毀されたので控訴人鳴海滋が昭和二二年頃先づ本件土地のうち同人所有分を買受け更に同二六年一二月右滋の要請で地続きであるので控訴人勝之助が同人所有分を買受けたが
(ハ) 控訴人等はいずれも他に生活の本拠を定め
(ニ) 本件土地をばその後全く空地のままに放置し、それがため近所のごみ捨場になるにまかせ
(ホ) 将来は此の土地を処分して他に小さな古住宅でも購入しようと考へていた。
(ヘ) 昭和三五年四月に至り漸く控訴人滋に於て右空地の利用を思いたち同所に駐車場を建設してこれを経営するべく訴外三洋工務店に依頼して総額三二〇万円の見積りのもとに同地を右用途に適するよう整地して一隅に管理人室を建てる設計ならびに計画を定め訴外山崎組に請負わせて右整地工事をほぼ四分の三程度了えた頃、近所の訴外乾織物株式会社から本件土地を買受けたい旨申入れがあつたのでたまたま控訴人勝之助が右滋の駐車場経営に不安を抱いでいた折柄右計画を中止して本件土地を右訴外会社に譲渡したものである事が認められる。
(ト) 右認定に反する控訴人勝之助の当審における供述部分は直ちに信用しがたく
(チ) 殊に控訴人らが疎開後昭和三五年迄の間、借家に居住していたことを以て一時の仮住居であると認めることは到底出来ないし
(リ) また、同控訴人の供述と原審証人小山常芳の証言によれば同控訴人は控訴人滋の駐車場経営に不安を抱きそれをやめさせんがため本件土地の約半分の地上に控訴人両名のための住宅を建築することを考え始めたがそれは未だ具体化しておらなかつたことが認められるから本件土地に関する前記認定をくつがえすものではない。
そうすると右認定のもとにおいては本件土地は前記法条にいう「居住用財産に該当しないものというべきである」。との判定がなされた。
二 前項控訴判決摘示の理由につき異議ある諸点
前項(イ)において
成立に争いない乙第四号証、第五号証と示されているがこの両証については上告人等は署名は認めるが内容は協議団で後日勝手に思い出して都合よく書かれたものであるのでそのまま認められないので控訴審において「成立は認めるが立証主旨は争う旨供述しているのに無条件成立としてそのまま立証に援用されている。
前項(ロ)において
全く事実誤認である、どこからこんな創作が出来たのか、本件土地は疎開跡地ではあるが控訴人等が疎開に会つて(そのあとは全部道路となつた)その身替りに買受けたものである。
前項(ハ)について
疎開による止むを得ぬ仮住居で本拠ではない。
前項(ホ)について
資金が出来次第自分の住居(店舗を含む)を建てる非願を持つていた土地で「将来はこの土地を処分して小住宅を購入しようと考えていた。」など立証によらない事実誤認である。
前項(ヘ)について
立証主旨に争いのある乙第五号証をそのまま採用されているが控訴人滋の駐車場経営計画の見積り三二〇万円のうち七〇万円は控訴人滋の居住用住宅一四坪(管理室約二坪を含む)を建設の鼓計であつて(乙第五号証及控訴人第二回供述参照)この計画のみでも当然居住用財産に該当するものと考えられる。
前項(チ)について
天皇陛下におかれても戦後一五年間御文庫に仮住居なされたと承る、吾々庶民が疎開後一五年間貯蓄が物価高に追われて仲々建築額に達せず止むを得ず借家に仮住居していたことが到底認められない事なのか、この認定は無慈悲である。
前項(リ)について
控訴人勝之助の供述と原審小山常芳の証言によつて本件土地に控訴人両名のための住宅を建築する計画があつた事を認めながらそれが具体化してなかつたから本件土地に関する前記認定(即ち控訴人滋の駐車場経営計画、控訴人滋の住宅建設をも含む)をくつがへすものではないとしているがそれでは前記認定における控訴人滋の駐車場並滋自身の住宅の建設の具体化に対して当然居住用財産と認められるべきである。
三、控訴判決の前記の認定については租税特別措置法第三五条第四項の居住用財産を右の如く計画の具体化が必要と限定しなければならない、合理的根拠が示されていない。控訴人から見れば法律に何等制約的限定的規定がないのに恣に法律に制約を加えようとすることは納得できない。
四、控訴判決が被控訴人主張のように居住用財産を譲渡当事現に居住用家屋の敷地に供されている土地のみに限定せず広義に解釈して本件土地(更地)についての認定がなされたことは正にそうあるべきものであること法文上明かである、「供される土地」とは「現に供されている土地」と同一義でないこと勿論で前者は後者を包含しそれよりも広い観念である事、論を俟たないその広い部分は「居住用家屋の敷地に供せんとする土地」であることは疑の余地もない結局は所有者の主観の問題に帰する法律はそれ以上何等の制約をも規定していないのである、もし何等かの条件制約を設ける必要ありとするならば法改正によりそのような制限規定が立法されるならば格別かかる立法なしに法文にない独自の制限解釈を下し法を運用するのでは法は無意味に帰する。
五、本件においては控訴人等は本件地上に居住用家屋の建築を企図したことは明かである、即ち控訴人滋が駐車場経営の為土地の整理と同時に自己の住宅の建設を企図して三洋工務店に設計見積りを依頼したこと、又控訴人勝之助が控訴人両名の住居とする住宅の設計見積りを平安建設株式会社に依頼した事更に控訴人滋の計画に従い山崎組に整地を請負はし殆んど完成していたこと等によつても客観的に控訴人等の主観を裏付けする事実が証明されているのである、控訴判決のいうように建築計画が具体化されていなかつたから租税特別措置法は適用されないとの認定はまことに心外であり法のどこにかかる制限規定があるのか問いたい。
六、控訴判決は前述の通り事実誤認及立証によらない事実認定の基に法の規定しない法外の独自の制限見解で判定せられたものであり不服である。
法律は一般常識を持つた国民が読んで理解出来るものでなければならない、それを国の官庁が思い思いに法文に示されていない独自の制限解釈を下し国民に不利益を与えるような事があつてはならないと考える。
それは国民の遵法精神を破砕することになり国家並に国民の不幸である。